石川旅行記〜1日目前編〜

 

仕事の夢にうなされて、ハッと目が覚めたのが6時。目覚ましより早く起きられて、朝の第一声は「よっしゃー!!」だった。旅が始まる。

乗った電車は通勤通学のラッシュ時間。思ったより混んではいないが、一人だけ浮かれた服装をしていることはわかった。私は、旅をするときは、持っている中でも派手な格好をすると決めている。浮かれているの表現だ。人へのアピールではなくて、自分に素直になるための。

近鉄特急に乗る。急行でもあんまり変わらないけれど、せっかくだから贅沢を。乗車率8割というところか。お隣はおそらく小学校の先生で教材研究をしているようだった。

今回の旅は、できるだけスマホを触らないと決めていた。いつでもどこでも見られる景色なんてつまらないじゃないか。Twitterの画面が走馬灯に流れるのは嫌なんだ。代わりに、小さいスケッチブックを持って来た。絵は下手だが、真っ白い紙はわくわくする。

ふぅと一息。目の前の座席テーブルの留め具と目があう。顔に見えた。はりきってスケッチブックを取り出す。スケッチしてみた。なかなかかわいい。二頭身にして、ゆるキャラにしてみる。設定も考えた。我ながらよくできている。

隣の人との落差よ。人に勉強を教える準備をしている人の隣で、私は何を書いているのか。いや、ちょっと待てよ。どっちが高尚かだなんて、誰が決めるんだ。比べても仕方がないじゃないか。お互いにこういう人がいるから、社会は成り立っているんだよ、と心の中で自問自答。

京都駅から、サンダーバードに乗り換えた。こちらは自由席。乗車率としては、半分くらいだったが、おじさん率は95パーセント。

なんだか、自分が楽しむことに後ろめたさを感じていることに気付く。そんなこと思わなくていいと思うんだけどなあ。どっかで、そうです私は不要不急の人間ですよと、卑屈になっている自分がいる。

 

加賀温泉駅で下車。駅からでっかい大仏が見えてわくわくする。観光案内所の人に、パンフレットをもらって、周り方聞いてみた。大まかなルートと宿は決めて行くけれど、細かい情報は現地調達。お得なチケットを買う。観光客レベルが上がる。教えてもらったバスで、まずは山代温泉街へ。

山すぎることもなく、田舎すぎることもない、ちょうどいい具合の観光地。バスを降りて、レンタサイクルを借りに自転車屋さんへ。客が来るのも珍しくなっているのだろう。こんにちはー!とすみませーん!を2、3回繰り返して、やっと出てきてくれた。優しそうなご夫婦。自転車をお借りして、いざ出発。

知らない街で、自転車で乗っている私、めちゃくちゃ楽しんでるなと思う。脳内花畑。体全体から鼻歌が音漏れ。歌いながら、最初の目的地へ。

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九谷焼窯跡展示館。人っ気のなさに、入っていいの?と思ったが引き返すわけには行かない。ちゃんと受付があって安心した。入場料を払う。このご時世だもんで、検温、そしてアルコール消毒。……出ない、電動のディスペンサー。受付の人が「昨日は出たんですけどね…」とぽこぽこ叩く。結局出なかった。

窯跡を見た。窯跡だ〜と思った。九谷焼のミーハーファンなので、窯跡を見ても興奮しなかったが、展示室は楽しかった。実物を見るとやっぱすげえなあと感動する。何にしてもだが、職人さんには尊敬しかない。

客は私1人だったが、人ん家感が落ち着かない。ここは、実際に住居兼工房として使っていた場所らしい。その雰囲気込みで楽しめるはずが、なんだか緊張した。ろくろ体験とか絵付け体験とか興味はあったけど、やってなさそうだったので諦めた。

帰りに、手作り感のあるガチャガチャを見つけた。

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500円玉を入れる。ガ…ガッ…。お金を入れなおす。ガッ…。回らない。なんとなくそんな気がしてた。

受付の人が見かねてやってきた。「動かないですねえ。たまに動かないんですよー。」と鍵を開けてくれて、上から手を突っ込んでとった。

「いいのが当たるといいんですが。」と言ってくれたので、その場で開ける雰囲気になり、その場でぱかり。小さい陶器が出てきた。(これは当たりなのか…?まずこれはなんだ??)と思いながら「あ、出ました!えーと、、なんでしょう!」と明るく聞いてみる。「あ、うちの職人さんの箸置きですね、よかったです。」おお、当たりなんだな?と思うが、正直何の形かわからない。反応に困る。じっと見つめる。「カニですね。」「あ、カニさん、ほんとだ!かわいい!!」

そんな感じでその場を後にした。

アルコールが出ないとか、ガチャガチャが回らないだとか、旅先で小さなアクシデントがあると、しめしめと思う。ちょっとした上手くいかなさを楽しめる心、旅先では特にオイシイと思える現象を、私は“すっきりしたトマト現象”と呼んでいる。忙しかったり、疲れていたりするとついイライラしてしまったりする、余裕のない生活に忘れがちな、おおらかな心持ち。要は思い出なんだよな。旅というのはいいものだ。

 

自転車を漕いで行くとだんだん観光地らしくなってくる。そして突如現れるドン!古総湯!なんやこりゃー!とマスクの下で小さく呟きながら、自転車をとめる。

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「こんにちはー」とのれんをくぐると、受付でアイスクリームを食べているおばさまとご対面。あっタイミング。「あら、ごめんなさいね。」と言うので、「食べてはるとこすみません。あ、先食べてくださいね。」と勝手にテンパる人見知りの客。お得な切符を切り取って渡す。一旦紙の上にアイスクリームを置いて、マスクをつけて説明をしてくれた。

「今ってバス通ってるのー?」と雑談。観光用の周遊バスは、昨今の事情で運行取りやめ。客も少ないそうだ。

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受付のすぐ横の引き戸を開けると、そこはもうお風呂場だった。ここは、身体を洗うための一般的な銭湯ではなくて、ただ温泉に浸かって楽しむ「湯あみ」をする浴場。脱衣場も洗い場もなく、あるのは浴槽だけ。

おばさまが丁寧に入り方を説明してくれる。「かけ湯をしっかりしてね、体が冷えてるから温めてから」「源泉は熱いから触っちゃダメね、お湯が熱かったら湯もみをする」「あと、お風呂場だから写真はダメなのよ。」「ごゆっくり〜。」優しい語り口だ。

壁に貼ってあった心得をもう一度読む。かけ湯をしっかりすると書いてあり、しっかりってどれくらい?と思いながら、何度もお湯をかける。結構熱い。まあ焦らず。心得の最後は、温泉に感謝の気持ちを込める、みたいなことが書いてあった。とりあえず、手を合わせておくか。と、ここで気付く。私マスクしてるやん……裸にマスクって……。めちゃくちゃショックを受けた。

気を取り直して、もう一度かけ湯をしたら、引き戸がガラリ。おばさまが「熱いのー?入れるー?」と。「あ!はい!大丈夫!!」変な汗を書いたので、もう一度かけ湯をした。

お湯は熱めだが、気持ちがいい。ステンドグラスの光が鮮やかで、タイルの九谷焼がかわいらしい。客は私ひとり。観光客してるぜーと温泉を謳歌した。なんとも贅沢なタイミングにきた。暑さもあって少しのぼせた。二階に上がると休憩室があって、しばらくぼーっとした。

「ゆっくりできた?」帰り際、おばさまに挨拶をすると話しかけてくれた。「お気をつけてね」と見送ってくれた。ほっこりした。

 

次回へ続く。